『差し伸べられた小さな手を忘れることができない。
その手はきっと、葦であり草であり小枝であり、木の根であったのだ。
水に浮かぶそれを、必死の想いで掴み取った。
水底に溺れていく私は、そんなものに縋るしかなかったと言える。
掴んだところで、水面から顔を出せるわけでもないのに。
その先に、私を掬い上げてくれるものがあったわけでもないのに。
それでも、もがき続ける私は、何かを掴まずにはいられなかったのだ。
助かりたいと思っていたかどうかも分からない。
ただ、一人で沈んでいくのはひどく恐ろしかったから。
胸に抱いた小さな小さな草の葉を、大事に両手で包み込んだ。
ぶくぶくと沈み込んでいく水面の向こうに、
何か大事なものが映りこんでいる気がするのに。
それが何か判断できないままに、私は意識を消失する。』
--婚約者は、私の妹に恋をする 「これが、本当の最後なら。:10」